Column.36
若女将・香川絢子さんが伝授!『河文』で学ぶ・料亭の楽しみ方
若女将・香川絢子さんが伝授!『河文』で学ぶ・料亭の楽しみ方
料亭は、多くの財界人や政治家の会合の場として、最高のおもてなしができる場所でした。なかでも、河文の歴史は古く、江戸時代から続く唯一の店。当時の伝統を受け継ぎつつも、新しい料亭の姿を模索し続ける河文で、料亭の楽しみ方を若女将・香川絢子さんにうかがいました。
Aichi Now(以下AN):まずは「料亭」の定義を教えてください。
香川絢子さん(以下香川氏):料亭とは、「日本庭園があること」「数寄屋造であること」「季節に合わせた料理や器、調度品などのしつらえがあること」「芸子・舞妓を呼べること」…このような特徴を持つ日本料理店をいいます。つまり、料亭とは正統派の日本文化を堪能できる場所なんです。
AN:料亭は、「一見さんお断り」ですか。
香川氏:河文は約10年前までは、そうでした。というのも、料亭というのは“売掛(請求書払い)の文化”なんですよ。二次会三次会のお店での支払いや芸者の代金もすべてまとめて後日請求するのが料亭の役割でしたので、料亭を利用される方には、どなたかのご紹介が必要だったのです。現在は、初めての方でもご来店されていますし、芸者を呼んだり、カード払いができるお店も増えていますよ。
AN:河文さんでは、靴を脱がないのに驚きました。
香川氏:そうですね、違和感があると言われます。2011年にバリアフリー化をした際に、すべて和室を椅子席にして、車いすの方、足の不自由なお年寄りの方にも気負いなくご来店いただけるお店にしたいという思いから、靴も脱がずにあがっていただけるようにいたしました。賛否両論ある中で、靴を脱がないのも、料亭の未来を見据えた新しいスタイルだと思っていただければ幸いです。
AN:河文さんはとても歴史ある料亭ですが、続いてきたのはなぜだと思われますか。
香川氏:建築や内装のハード面とサービスのソフト面が行き届いていたからではないかと思います。話を聞く限り、歴代の主人や女将、仲居さん、料理人、下足番すべて、仕事に妥協がなかったということが言えますね。ある仲居さんの死が中日新聞の一面を飾るほど、著名な仲居さんがいた時代もあったそうですよ。
料亭は伝統や文化が息づく場所ですが、その伝統というものはただ単に古いのではなく、その時どきの挑戦や変化の結果、紡がれていくものだと思います。ですから、立派な庭を作り変えてモダンな池を作った建築家・谷口吉郎先生の「水鏡の間」ができたころは、いろんなご意見がありましたが、今ではここに面白さや美しさを見出してくださる方もいらっしゃいますし、こういった挑戦こそが生き抜くための決断だったと思います。
AN:河文はどんなおもてなしをされていますか。
香川氏:例えば、河文では“濡れ箸”で提供しています。この風習はお茶の懐石に由来しており、清めの意味もありますし、食材が箸につかないようにという物理的な意味合いもあります。そして、昔は箸も板前が自店舗で作っていましたのですぐ出すと木材のとげが刺さってしまうため、水に浸してやわらかくしてから研磨して出したことの名残でもあるんです。河文は名古屋で一番古い歴史を持つ料理屋ですので、古くからある文化を極力絶やさないよう、懐石の原点や茶道の文化も伝えていきたいと思っています。
AN:昔ながらのおもてなしを体験できるんですね。
香川氏:そうですね。でも、すべて昔のおもてなしをしているわけではありません。料理を前の料理にかぶせないというのも、料亭に残るおもてなしのひとつですが、ビジネスで利用されるお客様もいらっしゃいますし、お子様やお年寄りなど長時間の食事がつらい方もいらっしゃいます。ですから河文では、時代性として、タイミングよく提供することを心がけています。
そして、お酌は本来、仲居ではなく芸者や女将がするものですが、河文では芸者がいないお食事の席では仲居もお酌をさせていただいています。それは、お客様に満足していただくため、時代に合わせて、独自で変えていること。どこを残し、何を変えるか、というのはとても難しいことですが、このように料亭それぞれのお店に「不易流行の想い」があるので、それを楽しむのも面白味のひとつかと思います。
AN:知らないと、せっかくのおもてなしに気づかないかもしれません。
香川氏:そうですね。こちらからはお伝えすることはありませんが、「これには何の意味があるのだろう」と思ったらぜひどんどんと聞いてくださるとうれしいです。驚きや発見をいくつできるかで、楽しみ方が随分違ってくると思いますから。
ひとつひとつの料理、調度品、提供の仕方すべてに歴史とおもてなしの心が詰まっています。そのよさを尊重して楽しむ(=賞翫していただく)と料亭はとても楽しい場所になると思いますよ。